ここのすラボ2.1

こどもの こころを のびのび すくすく 育てることをめざして試行錯誤中の児童精神科医なおちゅんのブログです。

子どもの注意や行動の障害を治す:確証のための情報確証のための情報(3)症例紹介(症例92・93)

今日もひとり読書会です。

本日のケースは、昨日のケース(91)の弟たちです。


読んでいるのはこちらの本。


確証のための情報(3)症例紹介(症例92・93)


・(92) J.V.:1958年12月生まれ、1972年8月に初診。V家の次男であり、両親は彼の登校態度を心配していた。家族の転居にあわせて頻繁に転校を余儀なくされ、引っ越しをしないときには先生が次々現れていた。眼科医に失読症と診断され、4ヶ月間の読みの補習を受け、多少の改善はみられたが翌年には学校への興味を失った。多動性スコアは41でした。ナイアシンアミド1g 1日1回とピリドキシン250mg 1日2回に分けて服用させた。2ヶ月後、彼はより興味を示すようになり、少し成績もよくなった。1973年8月13日、学校への態度にほとんど改善がなく特に読み書きを嫌うようになったことを除けば、すべての面でほぼ良好であった。評価は1000(1) - 改善なしであった。しかし、父親によれば、必要なビタミン量の半分しか摂取していなかったとのことだ。


・(93) D.V.:1964年8月生まれ、D.V.の初診は1972年4月。小学1年生の時は、足が遅く、単語を正しく発音することができなかったが、小学2年生に進級した。特別に注意してもらえるようになってからは改善し始めた。もしこうして注目してもらえていなかったら、再度調子を崩したかもしれない。私の診察時、単語がページの上を横に移動していくと話し、悪夢や自分を両親の部屋に追い込む怪物に苦しんでおり、そして時々自分の目の中に同じ怪物が見えていた。また、他の子たちが自分の秘密について話しているという被害妄想があり、誰もが自分を嫌っていると確信していた。彼の記憶力は悪く、途絶もみられた。ナイアシンアミド1g 1日3回とピリドキシン250mg 1日2回を投与し始めた。1ヶ月後、彼の読解力は向上した。単語もページ上でおとなしくなり、悪夢も消え行動はより合目的的になった。1972年6月22日、学校でも顕著に改善し、ほぼ正常になった。1973年8月9日、母親は、彼がビタミンを摂り続けている限り、良い状態を保つだろうと言った。その後、彼はビタミンを隠すようになり、それを母親に気づかれるまで悪化していった。ジョン・ホッファーは、薬をやめてから彼が幻覚を見ていることに気づいた。学校での社会的な対人関係が困難で、非常に遅れており、白昼夢もたくさん見ていた。彼の評価は 1,0.5,0.5,0 (2)、改善、であった。1973年の秋に食欲が低下し、投薬を中止した。数日後に食欲は戻ったが、調子の悪化は続いた。その後、ナイアシンアミドナイアシンを両方とも低用量で投与し、後にナイアシン1g 1日3回投与とした。1974年1月13日、彼は順調で、学校では平均的であったが、過去数年間の困難のためにまだ遅れがあった。最終評価は1111(4)であった。彼の多動性スコアは、1972年4月14日に51→1972年6月22日に29→1973年8月9日に53であった。


ひとりごと

(92)(93)は、昨日の事例(91)の弟たち。家族で転居を繰り返していて、4兄弟のうち3人にこれだけ不調があったら大変だったろうなと想像します。おそらく両親はビタミンによる介入に積極的だったと思われますが、飲む量を減らしていたり、飲まずに隠していたり、やっぱり子どもたち自身のモチベーションも大事だなと感じます。